やぎ座のヒトリゴト

僕の思ったことを書いていきます。雑記ブログです。

謙虚でいたい

今回はタイトル通りの内容になっています。謙虚でいたいです。

この頃どういうわけか気が大きい。かというと、それほどでもないのですが、どうにもこうにも口が軽くなっている気がしています。これは良い傾向とも悪い傾向とも捉えることができる僕自身においての1つの変化なのですけど、とかく「口は災いの元」と言います。人と喋るのは良いのですが、余計なことはあんまり言いたくないのです。

 

どうすれば必要以上を喋ることなく人とコミュニケーションを取ることができるのでしょうか?というところで今回の本題が出てきます。自分の心の懐の内に、いつも謙虚さをしまっておきたいなと思うのです。極端に言えば「うしろめたさ」と言い換えてしまってもいいかもしれません。「自分の発言が間違っているかもしれない、余計なことかもしれない」という疑いを捨てずにいたいのです。そうすれば無用な発言を避けることができるのではないか、喋るべき時だけに発言を抑えることができるのではないかと思うのです。

何も会話に限ったことじゃないですね。行動とか、過ごし方とか、人との接し方において、そういう部分が最近忘れがちなのかなと思います。どうにか、持ち直したいです。

記事にする内容を選んでいけるようになりたい

自分の好きなことでしか書けないのは初心者ブロガーだという話を聞きました。

どうも、初心者ブロガーことスタックです。「ブログを収益化していく」というのはこのサイトを立ち上げた時からの目標であり、かつ開設してからしばらくの間は放置してきた課題でもあります。まだまだ足りないとはいえ、少しはアクセス数が得られるようになってきた頃にやっとこさ、手をつけ始めました。

 

そこで問題になってくるのが「記事の内容選び」なんですよね。本来ならばブログを立ち上げる時にどういう方向性で記事を書いていくか、もっというならどういう人達をターゲットに記事を書いていくかまで決めていたりするのですが、とにもかくにも何もわからないからまず始めてみようということで、ここまでやってきた僕です。どういう記事を書いたらアクセスが集まりやすいのか、どんな内容なら収益率が上がりやすくなるだろうか、そこを考えながら記事を書いていくのはアフィブロガーとしては基本になるのだろうなと思います。自分が書ける内容で記事が書けるのは当たり前。収益率やアクセス数を視野に入れて、書く内容を変えていけるのが玄人なんだそうです。

 

こうやってブログで物を書き始めてから3年になりますが、僕は全然素人だったみたいですね。そりゃそうですかね。免許だってまだ緑色だし。これからはその辺も意識していけたらいいのかなとも思います。とはいえ、こうやって好き放題書きたいのが僕の性だったりするわけで。ちょうど良い妥協点みたいなものを探っていけたらいいかなぁなんて甘えてみたり。だから収益が上がらないんですよねぇ。

失われたモノをきっと取り戻せるこの世界

「嫌なことがあったら、その分どこかで良いことがあるさ。そうやって帳尻合わせがされるように世界はできてる」というのが僕の持論の1つです。

いつからそんなことを考えるようになったのかは覚えていませんが、そういう風に世界はできているんだろうなと思っています。別に理論的な裏づけがあるわけでもなければ、謎の確信を抱いているわけでもありません。そう考える方が、生きやすいと思うからです。

 

自分にとって良いことがあったなら、それはどこかで貸したツケが返ってきたんだと気兼ねなく受け取ることができるし、嫌なことがあったなら、このツケはどこかできっと返されると平静を保つ助けになってくれます。実際、日々生活していると世界は本当にそうやって回っているのではないかという事件に出くわしたりはするのですが、ことの真偽はともかくとして、この発想は僕の毎日を少しだけ楽にしてくれています。

 

とはいえ、この考え方にも欠陥はあるもので、基本的にことの対象が代替可能であることが前提とされるんですよね。要は「ごめん、今度埋め合わせするからさ。今回は勘弁してよ」っていうやり取りが根底にあるわけです。別に出掛ける約束をすっぽかされたとかならそれで済むかもしれませんが、許せることに限度はあります。損なわれたモノが唯一無二だった場合、それはもう埋め合わせとかそういう話じゃありませんよね。

 

それでも僕がこの理屈を掲げているのは、やっぱりそうやって帳尻合わせがされていると考えるからです。僕らが受け取るのを拒んでいるだけなんですよね。そして僕は思います。どんなに唯一無二だったとしても、それでも代替不可能なモノは存在しません。一見悲しいことですが、ある意味それは救いになることだと思っています。どんなに失われようとも、きっと代わりになる何かはある。そしてそれに必然的に出会えるように世界はできていると考えるなら、現実は僕らが思う以上に優しいのではないでしょうか?

そう考えるのは、ポジティブでしょうか?

2018年版、今年の秋に読みたい本リスト

というわけで、今年も懲りずにやろうと思います。

昨年の秋にも読書をしようと、読みたい本をリストアップして結局1冊も読めずに冬が来ていました。今年こそはリベンジを果たしたいです。とは言いつつも、今振り返ってみると1年経つうちにリストアップした本は大方読み終えることができていたりします。できるかできないかはさておき、とりあえず目標を設定してしまうことは案外効果的だったりするみたいですね。そんなわけで、今年もとりあえず目標設定するだけします。それではいってみましょう。

「思考は現実化する」 ナポレオン・ヒル

まずは去年リストアップしたけど読めなかった本から1冊。いつか読書記録で紹介しようとずっと思っている本です。どっかの記事でもったいぶった言い方をしていた本がこれですね。ネタバレしちゃってました。お恥ずかしい。再読したいと常々思っていたのですが、やはり文字の量が多いのでなかなか手を出せずにいます。内容は素晴らしいモノになっています。イワユルところの自己啓発系の本なのですが、ライフハックとかそういう浅い部分ではなく、人間の核心的な部分について具体的に触れています。

人間失格」 太宰治

ドン引きするくらい安直なチョイス。急激にニワカ感があふれ出してきますが、誰もが知ってるこの名著、僕は今まで読んだことが無かったりします。一度は読んでおきたいなと素直に思いました。こういう純文学的な本を読む人は、太宰治なら人間失格よりも斜陽を読むことを勧めたりするそうで、そっちの方も読んでみたいですね。

最近になってこういう文豪と呼ばれる人達の作品を一通り読んでおいた方が良いのかなと思うようになりました。どうしてでしょうね。

「よるのばけもの」 住野よる

今度は急に今風になりました。こちらもこちらで安直ですかね。「君の膵臓を食べたい」で有名になった住野よるさんの作品です。僕も以前は有川浩にハマったりするような読書傾向だったのですが、最近は恋愛小説だったりしばらく前に売れた作家さんだったりよくわからない方向へ走っていたので、流行を追っかける意味でも新しく出てきた作家さんの作品を読んでみたいなと思っていました。そんな折にオススメされたのがこの作品です。今読んでます。いつ読み終えるかはわかりませんが、終わったら記事で書きたいと思います。

まとめ

今回も3冊です。1番本を読んでいた頃ならこれくらいの分量は余裕でこなせたんでしょうね。今はこれでもいっぱいいっぱいだろうなと思います。音楽もそうですが、読書の仕方も時間の経過とともに変わってきてるなと感じます。以前には以前の読み方があって、今はまた別の本との付き合い方があるのだろうなと思います。結果、こうして読める本の数が減ってしまうのは寂しいことですが、それはそれとして、読める本とそれに費やせる時間は大切にしていきたいですね。

 

(最終更新:2018/09/13)

昔話しかできない自分になってきていた

僕はいつまで昔の話をしているんだろうなと思いました。

時代は日々刻々と移り変わっていきます。その時にはその時の、状況に合わせた生き方というモノがあるものです。どっかのつぶやきでも見かけましたが、自分の中の常識をアップデートしていくことを怠った人が老害になっていくんだと言われます。「あの時はそうだった」だから今でも通用しないはずがない。ズタボロになりながら築きあげてきた自身を否定するのはなかなか辛いモノがありますけどね。事実は事実として受け止めていかないと先に進めないのも確かです。

 

そこで僕の話になるのですが、僕は一体いつまで自分の昔話を語っているのでしょうか。まあ「昔話」といったところでそんなに昔のことでもないのですが、自分の中における教訓のようなものがいつまで経っても「その頃まで」で止まっているなぁとこの頃思うのです。そりゃあ自分にとって「その頃」は大変な時期だったし、今までの人生で1番悩んだし苦しんだ時期と言っていいくらいには頭を抱えていました。いや、厳密にはいつでも天を仰いでいました。下を向いたら溺れてしまいそうとか、そんなことを思ってた気がします。そんな時を経ての今の僕ですから、当時を生きる為に編み出した術に強く由来しているのは当たり前なのですが、そんな大変だった時間も気付けばずいぶんと遠い過去に流されてしまっていました。今なら「あの時は大変だった」と笑い飛ばすことさえきっとできるんでしょう。でも、僕の行動基準は「その頃」に得た教訓に基づいたままです。

 

そろそろ捨ててもいい頃なのかなと思ったりします。同じ間違いを繰り返すかもしれない。いつまで経っても学べないのかもしれない。それでも、次に進んでいくことの方が大切なのかもしれないと。不恰好でも今の事を語れるようになりたいなと、そんなことを思うのです。ところで、僕にとっての「今」って何なんでしょうか?

才能が必要なのだなと感じる

やはり、才能は必要なのだなと思います。

「自分には才能があるのか」という命題を考えたことが無い人というのはあんまりいないのではないかと思います。小学生の時に短距離走で足の速いヤツはいたし、中高生では目茶苦茶勉強ができるヤツがやっぱりいました。そういう人を見た時に、相対的に自分はそのような才能は無いのだと思わざるをえませんでした。そういったわかりやすく人より秀でたモノであれ、性格的とか性質的なモノであれ、決して誰でもは持っていないであろう「何か」を自覚していくというのは大切な作業だなと思います。「才能」という単語が大仰であれば「特徴」と言い換えてもいいと思います。自分は他の人と比べてどう違うのか、その「違い」を以ってして何ができるのか。そこに自分の価値が生まれていくのではないでしょうか?

 

というのも、200記事を書いたからというわけではないのですが、ブログで稼いでいくことってやっぱり才能がある人じゃないとできないことなんじゃないかと思ったのです。

と言ってしまうと「僕は才能ある人間だぜっ」とドヤっているように聞こえますが、200記事書いてドヤるとか驕り高ぶりも甚だしいです。200記事書いてきて、ブログである程度稼いでいくには最低でも300記事くらいは書かなきゃいけないのかなと思ってしまったんです。そう思った時に「最低でも記事1つあたりだいたい450文字以上をキープしながら300回以上更新していける人」ってそうはいないんですよね。確実に文章を書くのが好きな人かそういうのが向いている人なんだと思います。僕はそれだけでも「才能」と呼んでしまっていいと思うのですが、そこに加えてサイトのアクセス状況を分析して策略を練っていったり、ページのレイアウトを設定するウェブの知識も必要とされます。それらを複合的に併せ持つ人とか何ですか、天才ですか。ブログを書くために生まれてきた人か何かですか。

 

まあ、センスは磨けばいいし、知識は補えばいいんですよね。簡単には言いますが持たざる者にもそれなりの戦い方というのがあります。でも、そういう戦い方を選んで勝負していけることすら、僕は才能だと思うのです。「努力の才能」とか、そういうやつですね。それがどんな形であれ、「人と違う」というのは広い意味で才能たりえると思います。自分の中にそういう部分を探しだす、あるいは生み出す作業を怠らないようにしたいですね。

200回目の挨拶

こんにちは、このサイトもついに200回目の更新を迎えることになりました。

本来は8月中に迎えるはずだったのですが、僕の都合でずれ込むことになりました。奇しくも僕が3年前、ブログを始めたのもちょうどこの時期だったかと思います。せっかくの大台ですから、何かそれっぽいこととか書いていきたいところなんですけど、全く浮かばないんですよね。ごめんなさい。なので今回も、いつもどおり浮かんでくることをつらつら書いていこうと思います。

200回という数字ですが、ブログを始めた当時はそこまで大きい数字には見えなかったように思います。決して見くびっていたとかそういうわけではないのですが、毎日更新していけば1年と経たず超えていける数字であるということもあって、正直もう少し早い段階で突破できるだろうなと思っていました。

いざ、こうしてここまで来てしまうと「案外こんなもんか」という印象なのですが、時間はずいぶんかかってしまいました。毎日更新していけるということのスゴさをただただ実感するばかりです。それでもこうしてここまで続けてきて、キリ番を踏めるということは喜ばしいことなので素直に幸せな気分に浸ろうと思います。やったね。やっぱり継続は力なりってやつだね。

去年の11月頃に100回目の更新を迎えた時は、まだ確信は掴めていませんでしたが「自分の更新ペースを見つけられた」というのがとにかくブログを運営していく上でプラスに働いたと思います。無理のない範囲で安定して更新していけるようになるとブログの運営が苦じゃなくなるんですよね。「苦じゃなくなる」とか言うと好きでやってんだろって話になりますけど、言い換えるなら「負担が少なくなる」んです。だから長く続けていける。これが大きかったです。故に今こうしてあまり実感が持てずに200回目の記事を書いているんですけどね( ̄▽ ̄;)

ここから、今度は300回目の更新を目指してまた歩き始めるわけですが、こんな感じで続けてきてしまったのでいろいろ放置している課題が山積みだったります。いつかはやらなきゃいけないけど、その前提としてブログが続いている必要がある。そこを大切にこれからも好き勝手書いていけたらいいなと思います。

こんな取り止めの無い内容のブログに200回も付き合ってくれた皆さん。本当にありがとうございました。こんなブログで良ければ、これからも気をかけてやってください。まだしばらくは続けていくつもりですので。今までありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

それでは、今回はこの辺にて。