人生がまた1日、過ぎていった。
どうも、ここ2、3日はだいぶ涼しいですね。早速秋って感じです。何やらまた暑くなるなんて話もありますが、それはそれで夏が延長してるみたいで良いですね。
さて、今回は時間について書こうと思います。
月日って有限ですよね。しばらく前まで「人生男は60年、女は70年。」みたいなことが言われてましたが、それもだんだん昔の話になってきました。僕らがその時を迎える頃にいくつになっているのかはわかりませんが、それでもいつかは終わりがやってきます。だからできることには限りがあるのですよね。
ここで「60年もあればなんだってできそう」みたいな考えも浮かんできますが、これが意外とそうでもない。まだ何も知らない若い頃から、だんだんできる事が減っていく年老いた頃まで含めて60年です。働いている時間から眠っている時間も全部含めて60年です。この60年の一体何割が好きにできる時間なんでしょうか?その決して多くはない何割を僕らは何に費やしますか?
そう考えてみると、死ぬまでに出来ることって結構少ないこと気付くんですよね。
とはいえ、60年先どころか12年先だって満足に見通せない僕らはその事実に現実味を見出せず、今日もやることを先延ばしにしてしまいます。「まあ、明日でいいか。」そんなことを繰り返して僕は歳を重ねていく。人生がまた1日、過ぎていく。この現実に対する焦りはこんなにハッキリとあるのに、どうして身体が伴わないんでしょう。
焦った心だけが空回って、疲れてその場でへたり込む。そこにあるのは鈍く錆びついた僕の身体。歯車は上手く噛み合わないもんですね。
(最終更新:2018/05/22)